メキシコといえば、テキーラ、ソンブレロ、マリアッチ、サボテン・暑い・・といったイメージで捉えている人がほとんどではないでしょうか、とくに日本においては。しかし、地理的には北米です。ラテンアメリカ諸国であっても正しくは中南米ではありません。カナダ、米国、メキシコ3か国で90年初頭に取り交わされたNAFTA(北米自由貿易協定)という言葉からもわかるように、メキシコは北米であるという認識は日本では非常に薄いといえます。米国は陸続き、メキシコ系移民も多いこともあり、日本以上にメキシコに対する認知度は深いのですが、それでもメキシコの文化は地域によって多様であり、米国人でさえそのスタイルを十分に理解することは難しいかも知れません。
メキシコ料理も世界無形遺産に登録される最近まで、1980年代の日本においては専門料理店もほとんどありませんでした。あっても都内中心部だけ。知るも食べたことのない人がほとんどで、テキーラも現在のように日本で人気ではありませんでしたから、メキシコ自体への関心も希薄で、どんなものが「メキシコらしい」という確固たる認識を持った人もほとんどいなかったといっていいでしょう。
典型的なメキシコ建築、インテリアと、他のラテンアメリカの国々のものとのディティール違いを、一般の人のみならず、日本の建築家やインテリアデザイナーであっても明確に指摘できる人は少ないのではないでしょうか。古いバロック様式の建造物、とくに教会などの公共建造物は他国と共通していますが、一般住宅、それもアッパーミドルの建物になると、古いものから新しいものまで、そのレベルの高さと多様性ではメキシコは特筆してて、頭一つ二つ、他のラテンアメリカ諸国から抜きんでています。ルイス・バラガンやリカルド・レゴレッタなどの著名なメキシコ人建築家の名を耳にしたことがある方々も多いと思いますが、メキシコは建築のみならず絵画や芸術(ディエゴ・リベラ、フリーダ・カーロ、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ルフィーノ・タマヨ・・・・)、文学(オクタビオ・パス・・)音楽などにおいてもラテンアメリカを牽引し続けています。
話は戻りますが、メキシコの建築やインテリアを語るとき、忘れてはならないのはメキシコ自体の風土、気候、文化です。驚くほど乾燥しているからこそ、建物に水を引き入れることが問題なく一体化できるのですが、日本のように湿気の多い土地で同じようにマネをすれば、梅雨時ならカビが生え、あまりに多湿で不快極まりないことは容易く想像できるでしょう。何を言いたいかといえば、建築やインテリアはその土地の気候や風土、文化に基づいて造られてしかるべきで、単にバラガンやレゴレッタの表層部分の形だけを模倣した建物やインテリアを多く見かけるのも、日本ならではですね。
メキシカン・インテリアを望むのであれば、建築素材、内装素材、装飾品・・・など、すべてにおいて現地のもの、またはそれに極力準ずるものを使用することはもちろんですが、それ以上に空間構成をつかさどる細かな部分まで、極端なことを言えば、その空間に流れる音楽までも本物で構成することがリアリティにつながるわけです。
鮨でワインという人もいます。しかし、「現地の食には、現地の酒を」は、基本中の基本。
「鮨には日本酒」が王道です。逆を考えれば、フランスやイタリア、スペイン料理にはワインであって、日本酒ではないでしょう。それと同様に、永年培われてきたものには、それなりの、その土地なりの、理屈と整合性に裏打ちされているのですから。メキシコのものも同様で、形に取り組む前に、まずは文化理解が大切なのはいうまでもありません。
「RUSTIC STYLE」ラスティック・スタイルとは? と、一口に言っても解りづらいかもしれません。
「枯れた」「古びた」「田舎風」「素朴な」「荒削りな」「朽ち果てた」・・・といったような、さまざまな意味があります。いわゆるカントリースタイルなのですが、日本で目にするこの手のカントリースタイルは、どこか日本人仕様の小奇麗な形に仕上げられています。そこにリアリティは存在しません。
世界のカントリースタイルを紐解いてみて、解りやすい例を一つ挙げるとすれば、まず、アメリカの西部や南部にみられるペイントのはがれた木造の古い建物のスタイルがあります。西部劇にでてくるような感じでしょうか。そこにメキシコ文化が大きく影響すると、アルバカーキやサンタフェ周辺の白やピンクのアドベといわれる土壁と乾燥した古木の組み合わせのサンタフェ・スタイルが生まれます。タオス・ファニチャーと呼ばれる古材を使用したかのようなエイジング・テクスチャー(古く見せるための塗装や表面加工技術)の家具にラグの組み合わせ。唐辛子を縄でつなぎ合わせたような自然素材もインテリアとして使います。またメキシコ同様、エキパルと呼ばれる茶色になめした豚皮を使った椅子やスツールも典型的な組み合わせです。
こうしたアメリカン・ラスティックやサンタフェ・スタイルから、ラテンアメリカ、特にスペイン文化の影響を色濃く残しつつ、他のラテンアメリカ諸国の建築様式の基礎となりながらも一線を画し、独自のスタイルを築いてきたメキシコ。
そのメキシコの旧宗主国であるスペインの他に、フランスやイタリア、ポルトガル・・・といった国々においても、それぞれフレンチ・カントリー・スタイルやイタリアン・カントリー・スタイルといった独自のスタイルが存在します。
しかしながら、そうした各国のカントリースタイルの最大の魅力である枯れたラスティックな雰囲気が、日本では商業施設や飲食店、住宅において、いい加減に再現されているのが実情です。例えば、スペインの内装であればスペインのタイルを使用しなければなりません。スペインはイスラム教の影響が色濃く反映されているため、タイルの文様やデザインもアラビックな独特のものが多く、近隣でもフランスやイタリアとは異なりますし、旧宗主国であるとはいえメキシコとも異なります。ラスティック・スタイルを忠実に再現するには、マテリアルはできるだけ忠実に現地のものを使用することが必然なのです。
「わかっているが、手に入らない」というのであればいざ知らず、根本的に歴史や文化を理解せずに上辺だけのデザインに終始しているのが現状です。典型的な日本料理店の内装をデザインする際に、韓国や中国の金具やマテリアル、家具を用いるとおかしくなるようなもので、それをデザインという言い訳で取り繕うことはあまりに安易と言えます。ラスティック・スタイルとは、できるだけ現地の伝統的様式やデザインや雰囲気に沿って、忠実に古く、使い込まれた感じを再現するスタイルといえるでしょう。
飲食店舗を設計・プロデユースする際、「飲食店舗」ということだけは決まっていますが、「どんなものを」「どんなスタイルのものを」というテーマ設定が最初から決められていないことが多く、「どんな店にするのか」「何が今に合うのか」「そして時代遅れにならない普遍的なもの」といったことを根底にコンセプトを導きます。いわゆる企画の立案です。その企画プロデュースですが、私の場合、まず、基本コンセプトを基に設計のゾーニング・プランをおこし、各レイアウトを決めてゆきますが、その前に「どんな料理や飲み物を、どんなお客さん(日本人? 外国人? 性別? 職業? 年齢? 収入? 住居エリア?・・・ )に出すのか」といった、ターゲット設定を行い、次に料理、飲み物、店名、ロゴデザイン、人材、メニュー、価格設定・・・・プロモーション計画と続きます。これらの業務をすべて一人の人間が手を下し、実行するからこそ統一感が生まれると考えています。
商業施設の場合、メキシカン・スタイルと言っても「どんなメキシコを求めているのか」「どんなメキシコを想像し、目にしたいのか」という、擦り合わせは最も大切な部分です。
東京に造る場合と、ロスアンジェルス、上海に造るのとは大違いです。ロスアンジェルスはヒスパニックも多く、メキシコ人も多い。また日本と違い隣の国に車で行けるので経験値が違います。上海ならメキシコ文化を知る人はあまり多くないと言っていいでしょう。そうなるとイメージだけです。これと同様に、東京の場合もメキシコ=どんなイメージ、ということが最大のポイントであるわけです。「行ったことはないけれど、まさに行った気分になる」という気にさせるようなインテリアであるべきです。
ある時、メキシコの建築家が私に言いました。
「あなたはよくこんなメキシコらしいメキシコが造れるね。僕らメキシコ人が設計してもこんな古いメキシコの感じは出せない」と、言われたことがあります。メキシコ人が設計すると何故そうならないか、その答えは簡単で、メキシコは街の至る所に古い建物が点在しています。ゆえに設計家やデザイナーはモダンなものを造りたがるのです。逆にモダンな建物やインテリアにばかり囲まれていれば、古いラスティックなものを造りだしたくなるし、また、周囲も求めるでしょう。近年、そうした傾向が顕著です。メキシコのバーやレストランにおいても、古い伝統的な雰囲気を出したインテリアの店が増えているのも、そうした証ではないでしょうか。
メキシカン・スタイルで住宅や別荘を設計する際も同様ですが、ラスティック・スタイルで行う方が良いでしょう。下手にメキシカン・モダン・インテリアを志すと大きな失敗を犯します。何故なら前にも記したように、メキシカン・インテリアにはそれなりのスペースが必要で、モダンであれば尚更です。日本ではほとんど見かけませんが、ガラスのドアにガラス板が取手として付けられていて、太いクロームメッキのボルトで固定されたスタイルは高級モダンとしてかなり普及していますが、こうした重いドアを支えるヒンジは日本では普通には売っていません。が、メキシコでは住宅に昔から大きく重いドアを使用していた歴史があり、重量級のドアを支えるヒンジも多くあります。
「住宅や別荘をメキシカン・スタイルに」と、考えているのであれば、まずは、そうした点をきちんと考慮することから手を付けるべきです。「なんとなくメキシカン風」といったチープな家も数々見てきましたが、これは設計施工側だけの問題ではなく、施主の考え方の問題が大きな原因です。永く飽きの来ない居住空間を造りたければ、単なる上辺の形だけでなく、すべてについて吟味が必要なのです。
もしも、メキシカン・インテリアやラスティック・インテリアといったスタイルのものを計画している方々のなかで、アドヴァイスや手助けが必要とお考えなら、微力ながらお手伝いいたします。下記の質問メールにてご相談ください。